おはなし【Bloody Painter(2013)】
キャラクター
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Laughing Jack
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【日本語】 5歳の息子、ジェームズは家の庭で遊んでいた。 息子は大人しい子であり、いつも一人で遊んでいて、友達もあまりいなかったためか、空想ばかりして遊んでいるような子だった。 飼い犬のフィドに餌をやっていた時、私は庭でジェームズが誰かとおしゃべりをしているかのような声を聞いた。 その相手が一体誰なのか、見当もつかなかった。その時はただ、うちの子供にもついに友達が出来たのだろうかと思ったぐらいだった。 ——シングルマザーである限り子供をずっと見張っておくなんて事は難しい。だから私は外に出た。 庭に出た時、何か変だと思った。なぜならそこにいたのは、ジェームズただ一人だけだったのだから。 ——息子は独り言でも言っていたのだろうか?確かもう一人、誰かの声を聞いた気がしたのだが…。 「ジェームズ、中に入りなさい!」 彼がテーブル席に着いた時、もうランチの時間になっていたので、私はジェームズにターキーサンドウィッチを作ってあげることにした。 「それで?ジェームズ。誰とお話ししていたの?」 私が尋ねると、ジェームズは私を見上げて「新しいお友達と話していたんだ」と笑顔で答えてくれた。 私はコップにミルクを注いで、更にその友達の事を問いただした。母親として、もっとそのお友達の事が知りたくなったのだ。 「その子の名前は?一緒にランチに誘えば良かったのに。」 ジェームズは答える前に、私を見つめてこう答えた。 「その子、ラフィング・ジャックって言うんだ。」 ——— 一瞬、自分の息子が何を言ってるのか分からなかった。 「そうなの?変わった名前ね。どんな子だった?」 少し困惑はしたけれども、私は彼に尋ねた。 「ピエロだったよ。髪の毛が長くて、鼻はグルグルもようのアイスクリームコーンみたいで、すっごく腕が長かった。ものすごくだぶだぶのパンツとしましまの靴下をはいてて、いつも笑ってるんだよ。」 そこで私は、息子はただ空想上のお友達と話していたのだという事に気がついた。彼位の年頃の子供だったらそんなお友達がいても仕様がないだろう..特にうちの息子は一緒に遊んでくれる「現実の」お友達がいないのだから。 これもきっと成長過程とか、そういう類いのものなのだろう。 その後はいつも通り普通の時間を過ごした。もうすっかり遅くなっていたので私はジェームズを寝室に連れて行き、毛布にくるまった彼にキスをし、常夜灯をつけたのを確認すると、ドアを閉めた。 どっと疲れたので、私はその後すぐにベッドに横になった。 酷い悪夢を見た。 荒廃したどこかの遊園地に、私は一人立っていた。 辺り一面闇が広がっていて、なにも見えない。そのうち私は恐怖を感じて、出口を求めてそこらじゅう走りまわった。誰もいないテント小屋、壊れた乗り物達、そして荒廃したゲーム小屋。全部、全部——とても遊園地とは思えない程酷い場所だった。 もう、とにかく全てが白黒なのだった。 景品なのだろうか、射撃小屋の中につり下げられていたぬいぐるみの動物達は全部、まるで絞首刑の罪人のように首に縄が括り付けられて吊るされていた。そして、貼り付いたようなそのにやついた笑顔はまるで、狂人のようであった。 私以外誰一人いないこの場所はまるで——…そう。 この場所自体が——この遊園地そのものが、私をじっと見つめているようだった。 すると突然、どこからとも無く音楽が聞こえてきた。 アコーディオンから奏でられるポップ・ゴーズ・ザ・ウィーゼルの曲が、遊園地全体に響き渡っている。まるで催眠術でもかけられているようだ。 ほぼ意識が朦朧としながらも、私はその旋律に導かれるように、曲が流れる方向へと足を運んだ。 中へ入ると、そこは何も見えない程真っ暗だったが、ただ一つだけ、スポットライトが中央を照らしていた。その光の方へと歩いていくに連れて音楽の速度はどんどんゆっくりとなっていく。 気がつけば私はその曲を口ずさんでいた。 「♫桑の実の茂みの周りで お猿はイタチを追いかけたよ お猿はそれが楽しくて…♫」 終わる直前、突然音楽は鳴り止み、まぶしい光が辺りを照らし出した。 その強烈な光のせいで目が眩み、私は何も見えなくなってしまった。 見えるものと言えば、私の目の前で揺れる小さな影達…。 その影は次から次へと現れ、やがて何十もの数へと膨れ上がると、ぞろぞろと私の元へと集まってきた。 逃げようとしたが、私の足は凍り付いたかのように動かない。私はただ 、その酷く不気味な影達が近づいてくるのを見ている事しか出来なかった。 ———そして、その影達が近づくにつれて、ソレが一体何なのか、私はハッキリと目視することができた。 近づいてくる影達は全て、酷く身体を損傷し、そしてどこか一部を失った子供達だったのだ。 あるものは身体中ズタズタに引き裂かれ、またあるものは酷い火傷を負っている。そしてあるものは——四肢が、目が、無い! わらわらと集まった影は——子供達は私を取り囲むと、まるで肉でもむしり取るかように乱暴に私を引っ掴むと地面に叩き付け、そして私の身体を引き裂き中身を引きずり出し始めたのだ。 子供達が、私の身体を——。 そうして、激痛の中どんどん意識が遠のいていくのを感じた。 最後に、遠くで聞こえたのは、冷たく、不気味で、邪悪な——何者かの、笑い声だった……。 翌朝目が覚めると、私の全身は汗でびしょぬれになり、すっかり冷たくなっていた。 何度か深呼吸をし、自室を見渡すと、ベッドのそばの小卓に置かれた、数体の息子の人形達が私を見下ろしているのに気がついた。 ——ジェームズはもうとっくに起きていて、オモチャをここに置いたのだろう。 息をつくと、私はジェームズのオモチャを集めた。そして彼の部屋へと向かったのである。 だが、彼の部屋の扉を開けた時、彼はまだぐっすりと眠っていた。 変なの、と思い私は肩をすくめオモチャを元の箱の中へと戻すと、リビングへと向かった。 少しした後ジェームズが起きてきたので、私は朝食を作ってやった。 彼はいつも以上に静かで、足下もどこかふらついているように思えた。 きっと彼もよく眠れなかったのだろう。 私は小卓の上に置いてあったオモチャについて尋ねた。 「ねえジェームズ。今朝、ママの机の上にオモチャ置いた?」 彼はガバッと上を向くと、すぐに目下のシリアルへと視線をおとした。 「ラフィング・ジャックがやったんだよ。」 その返答を聞いて、私は目を丸くした。 「じゃあ、その”ラフィング・ジャック”君があなたのオモチャを運び出したって訳なの?」 ジェームズはこくんと頷くと、彼の朝食を食べ終え、それから裏庭へと遊びにいってしまった。 ———息子が外に出たのを確認した後、リビングでリラックスしすぎたのか、眠りこけてしまったようだった。ぱっと目が覚めると、息子が庭に遊びに出てから数時間が経過していたのだ。 「しまった!ジェームズを見に行かなきゃならないのに!」 私は少し心配していた。かれこれもう二時間以上は経過していたからである。 私は裏庭に飛び出たが、ジェームズはどこにも見当たらなかった。 「ジェームズ!ジェームズ!どこにいるの!?」 心配になって彼の名前を呼んだその時、フロントヤードからからかうような笑い声が聞こえてきた。 私は玄関を走り抜けると、ジェームズがすぐ横の歩道に座っているのを見つけた。 ほっと安堵のため息をつき、彼のそばまで歩み寄った。 「ジェームズ。ママはいつもあれほど裏庭にいなさいって何度も言ってるでしょ…」 ふと、私はそこでジェームズが何かを食べている事に気がついた。 「ジェームズ、あなた何を食べているの?」 ジェームズは私を見上げ、ポケットに手を伸ばすとやけにカラフルなキャンディを片手一杯に取り出した。 ——なんとなく、嫌な予感がした。 「ジェームズ。誰がそんなものをくれたの?」 彼は口も開かず、只私をじっと見つめるだけだった。 「ジェームズ、ママに話しなさい。どこでそんなキャンディを手に入れたの!」 ジェームズはうつむいてこう答えた。 「ラフィング・ジャックがくれたんだよ。」 ——心臓がぎゅっと縮んだ気がした。 私はしゃがんでジェームズに目線を合わせると、こう言った。 「ジェームズ、もういい加減にしなさい。ラフィング・ジャッグなんてものはいないのよ。さあ、ママに本当の事を話しなさい。誰がこのキャンディをくれたの!?」 息子の瞳には涙があふれていくのが分かった。 「でもママ。本当だもん。ラフィング・ジャックがくれたんだもん。」 ——私は目を閉じると、深呼吸をした。 確かにジェームズは私に今まで嘘をついた事なんて一度も無い。だが…今回のこのラフィング・ジャックというのは…彼の作り話だ。いや、だとしてもこんなことはありえない。 私はジェームズに飴玉を吐き出すように言うと、残りを全て捨てて帰った。 だが、どうやらちょっと大げさすぎたようだった。ジェームズはなんともないし、きっとこのキャンディもお隣のトムとリンダ、それか道をまっすぐ言った所のウォーカーさんからもらったものなのだろう。 どちらにせよ、ジェームズをちゃんと見張っておこう。その夜私はいつものようにジェームズをベッドに寝かせると、今日は早く寝てしまおうとそのまま床に就いた。 ——その夜私は、台所から突然聞こえた大きな音に飛び起きた。 階段を駆け下りて私が目にした光景は——恐ろしいものだった。 カウンターにおいてあったものは全て床にぶちまけられていて、愛犬のフィドの屍体が照明器具に首つり死体のようにくくりつけられていた。彼の腹は切り開かれ、そしてあの日ジェームズが食べていたのと同じキャンディを中につめられていた。そして突然、大きな破壊音がジェームズの部屋から聞こえ、そして鋭い悲鳴がそれに続くようにして聞こえた。私ははっと正気に戻り、引き出しからナイフを取り出すと、自分でも信じられないくらいのスピードで階段を駆け上がった。 息子の危機だ。私はドアをぶち破ると、部屋の電気をつけた。 部屋にあるものは全てひっくり返され床に散らばっていた。私は、ベッドの上であまりの恐怖にガタガタ震えて泣いている息子を見つけた。可哀想に、余程怖かったのかベッドのシーツにはお漏らしの染みが出来ていた。私は息子を抱え上げると、隣のトムとリンダの家に駆け込んだ。幸い、二人ともまだ起きていた。 私は彼らから電話を貸してもらうとすぐに警察を呼んだ。彼らは思ったより早く到着し、私は何が起こったのかすべて彼らに話した。警察はまるで私をキチガイでも見るかのような目で私を見ていたが、すぐに家の中を捜査してくれた。しかし、彼らは犬の死体とめちゃくちゃに荒らされた二部屋だけを見ると、「何者かが家に侵入し、貴方が階段を駆け上がってくるのを聞いて逃げたんでしょう。」とだけ言って帰っていった。 そんなわけないじゃないか。だって家の扉はもちろん、窓すらも鍵は全部閉まっていたのだから———。 その次の日、ジェームズは家の中でじっとしていた。私は片時も彼から目を離したくは無かった。私は車庫に向かうと、子供を監視するためのモニターをジェームズの部屋にセットした。たとえ何者かが来ようとも、私はそいつの気配を察知する事が出来るのだ。 私は台所に向かうと、引き出しから一番大きなナイフを手に入れ、そしてそれをベッドのそばの小卓に置いた。 ——妄想上の友人であろうと無かろうと、私の可愛い息子に指一本触れさせはしない。 長い昼が終わり、夜が来た。 私はジェームズをベッドに寝かせた。彼は怯えてはいたが、私は絶対に大丈夫だという事を約束した。 息子をベッドの端に押し込むと、私は彼にキスをし、常夜灯をつけた。 「おやすみなさい、ジェームズ。愛してるわ。」 扉を閉める前に、そう彼に言い残して。 その夜は出来る限り起きていようとしたのだが、数時間してから眠気が私を襲ってきた。どうやら今夜は何事も起きなさそうだ。だから私はもう眠った方が良いだろう。 頭を枕に横たえたちょうどその時、私はノイズ音がモニターを通して聞こえてくるのが分かった。まるでラジオが妨害されているかのような、ザーザーいうノイズ音。しかしそれは徐々に、何かのうめき声のような音に変わっていった。 ——ジェームズはぐっすりねむっているのだろうか? そう思ったちょうどその時、私は聞いてしまった。 あの夜、あの時の悪夢の中で聞いた恐ろしい笑い声を。 私はベッドから飛び下り枕の下からナイフを抜くと、ジェームズの部屋に駆け込んだ。 きしむ音をたてるドアを開け、私はすかさず電気を付ける。しかし、どういうわけか明かりは一向に付かない。 一歩足を踏み出すと、生暖かくまとわりつくような液体が、私の足の裏に付くのを感じた。 その時突然、常夜灯がパッと付き、私はその恐ろしい光景を目の当たりにした。 ジェームズの身体は壁に杭で磔にされており、その杭は彼の手のひらと足の甲を貫いていた。切り開かれた彼の胸からは臓器が床まで垂れ下がっていて、そして彼の両目と舌は切り離され、歯も同様、殆ど抜かれていた。 ——余りにも酷い光景に、私は言葉を失った。一体これはどういうことなのだろうか? しかし私は確かに聞いた。か細く、だが助けを求めるジェームズのうめき声を。 ———ジェームズ ハ イキテイル! 私の子。私の可愛い息子。その想像を絶する苦痛が、なんとか私の息子の命をつないでくれていたのだ。 私はすぐその部屋を横切ると、その惨状に床に思わず吐瀉物をぶちまけてしまった。 すると後ろから甲高い笑い声が聞こえてきた。その声に私は平静を取り戻すと、口に貼り付いた吐瀉物やらを拭いながら笑い声の主を追った。ラフィング・ジャック。この惨劇の悪魔は、ゆっくりと私の前に姿を現した。 幽霊のように真っ白い肌、肩までかかるほどの、光沢の無い真っ黒な髪。突き刺すような白い両目は、真っ黒な輪でぐるぐると囲まれていた。 歪んだ笑顔からは鋭く、ノコギリのようにギザギザした歯がずらりと並んでいるのが見える。彼の肌はもはや肌と呼べるようなものではなく、ゴムやプラスチックのようなものに思えた。白と黒の縦縞もようの長袖と靴下、それと同系色の服装は、まるでピエロを連想させるモノであったが、どれもつぎはぎだらけであった。 彼の両腕は彼のウエストをゆうに越しており、その長い両腕でバランスを保っているようにも見えた。そしてそのグロテスクな見た目のせいで彼は、まるで骨組みの一切無い———ぬいぐるみのように思えた。 ———吐き気がするような笑い声が響き渡る。それはまるでその怪物が、彼自身が生み出した”芸術”に対しての私の反応を、喜んでいるかのようだった。 すると突然彼はジェームズの前にゆっくり近づくと、その惨劇を眺めるや否や、ゲラゲラと笑い始めたのであった。 私は我に返り、彼に叫んだ。 「息子から離れろこのクソ野郎がああああ!」 私はナイフを振りかざすと、彼目がけて突進した。そしてそのままナイフを彼に突き立てた。しかしナイフを突き立てた瞬間、彼は黒い煙となってフッと消え去った。 ——そのナイフは、ジェームズの心臓に突き刺さっていた。まだ若干動いていた心臓から温かい血が吹き出し、私の顔に飛び散った。 私は…一体何をしてしまったんだ? 私の、愛しい息子。 私は、彼を殺してしまった? 瞬間、私は膝から崩れ落ちた。 ——遠くから、サイレンの音が近づいてくるのが聞こえた…。 私の息子。私の可愛い息子…。ママが、守ってあげるって約束していたのに…。出来なくて… ごめんね…本当に…ごめんなさい…。 警察はすぐに、息子を前に血塗れのナイフを振り回していた私を発見した。それからはあっという間だった。息子を殺した容疑で行われた判決はすぐに下り、私は罪人として、…精神異常者として、ファイラポラス・ハウスに二ヶ月間収容されていた。 ———だから、今いるこの場所は悪く無い。 私が今起きている理由はただ一つ。誰かが窓の外でポップ・ゴーズ・ウィーゼルの曲を流しているからだ。 用務員の人に、それを話そうかな…。 |